【連載】認知症とともに生きる(2)認知症の人が「地域の力」を引き出す
朝日新聞社からASAへ過去に提供されたコラム「認知症とともに生きる」を全3回にわたってお届けします。
毎月10日に1回ずつ掲載します。
認知症の人や認知症の人が身近にいるという方ばかりでなく、社会全体で彼らを取り巻く困難に理解を深め、彼らが安心して暮らしていける社会になるよう、本連載がそのきっかけになれば幸いです。
(2)認知症の人が「地域の力」を引き出す
朝日新聞 東京本社 総合プロデュース室 坂田一裕
朝日新聞社が展開する「認知症フレンドリープロジェクト」は、認知症になっても本人の尊厳が守られ、住み慣れた街で安心して暮らしていける社会づくりを進める活動です。
こうした先例は全国にあります。その一つ、埼玉県所沢市三ケ島地区では、認知症の人が行方不明になったことを想定して、地域ぐるみの模擬訓練を2015年から毎年続けています。
地元の市立宮前小学校の体育館を拠点に、行方不明者にどう声をかけるかをロールプレーで学んだ上で、市内グループホームの介護職員などが行方不明者役として街に繰り出します。探す役になった地域の人が不明者役を見かけたら声をかけていき、その様子を民生委員や自治会の人たちが手助けします。趣旨に賛同した病院や薬局、介護事業所などが参加することで、地域連携が育ってきています。
実はこの訓練の下地になった活動がありました。14年から前述のグループホームの入居者が週に1回、宮前小の校門で児童の下校を見守り続けているのです。
発起人の1人である社会福祉法人桑の実会の米川智裕さんは「当時、地域包括センター長をしており、認知症の相談が増えていました。認知症サポーター養成講座はやっていましたが、人が来ない。やり方を変えなきゃと思っていました」。
地域の子どもたちが認知症の人とじかに触れ合うことで理解してもらうおうと考えたのです。しかし、当時は全国の小学校に不審者が侵入する事件が相次いだ後で、学校が門を閉ざしていた時期でした。それでも、地域活動によって小学校と信頼関係がある自治会長の杉本孝一郎さんの協力で理解を得ていきました。
その後、試行錯誤を経て、ホームで暮らす認知症の本人たちが下校時の児童を見守るという現在の形になりました。それでも始めたころは、お年寄りに接したことがなかった子どもたちが多く、恥ずかしがったり、避けたり、「汚い」と言う児童もいたといいます。
桑の実会康寿園グループホーム輝の統括所長・平柳美子さんは「5年前から雨の日も雪の日も続けました。入居者が
子どもの言葉に傷つく可能性も考えました。今ではあいさつしたり、握手をしたりが当たり前の光景です」と手応えを感じています。
こうした活動が学校の教員や保護者、地域の信頼を得ることになり、模擬訓練につながっていったのです。
認知症介護研究・研修東京センター研究部長の永田久美子さんはこう話します。
「行方不明をひとごととせず、これから自分が地域でどう生きていきたいのかを軸に考えてほしいと思います。いくつになっても、行きたいところに行け、会いたい人に会って、無事に家に帰れる。そんな当たり前のことがかなわなくなったり、危ないからと外出を止められたりしたら、とても不自由で理不尽ですよね。認知症の人たちが日常的に地域に出かけて地域の人や子どもたちと楽しいひと時を積み上げていくことこそ、いざという時に支え合う本物の地域の力になります」
認知症の人たちは、誰もが住みやすい街に変えていく大切な存在なのかもしれません。